『ラグナロクオンライン』で知られるグラビティのグローバル戦略カンパニーとして2019年7月に日本で設立された、グラビティゲームアライズ(以下、GGA)。

 GGAはとくに新規IP(知的財産)の開発に力を入れており、2024年には『東京サイコデミック 公安調査庁特別事象科学情報分析室 特殊捜査事件簿』と『神箱-Mythology of Cube-』の発売を控えている。

 GGAのふたつの新規IPには、“ジュヴナイル伝奇”と呼ばれるゲームジャンルを開拓したゲームクリエイターの今井秋芳氏がディレクターとして参画している。

 今回、今井氏に開発秘話や作品の手応えなどを訊いた。

今井秋芳 氏(いまい しゅうほう)

『東京魔人學園伝奇』シリーズや『九龍妖魔學園紀』といった物語性の強いゲームを数多く手掛けてきたゲームクリエイター。現在、ディレクターとして『東京サイコデミック 公安調査庁特別事象科学情報分析室 特殊捜査事件簿』と『神箱-Mythology of Cube-』の開発を行う。

今井氏が久しぶりに監督・脚本を担当した『東京サイコデミック』

――『東京サイコデミック』における、今井さんの役割や担当を教えてください。

今井和風の作品を手掛けることが多いので、ゲーム業界では“監督”という肩書きが多いのですが、役割はいわゆるディレクターです。『東京サイコデミック』では脚本全般と演出、システムのゲームデザインも担当しており、作品に私の色が強く出ているかなと思います。

――神崎さん(エグゼクティブプロデューサーの神崎喜多氏)から、“サイコデミック”という題名も今井さんの発案だとお聞きしましたこのタイトルはどのようにして閃いたのですか?

今井タイトルはみんなでいくつか案を出し合ったのですが、どれも「インパクトが弱い」とGGAさんからダメ出しされてしまって(苦笑)。その後、タイトルは造語で考えてみてもいいかなと思いました。

 未知のウイルスの感染爆発後の東京が舞台になっているのと猟奇的な事件を扱っているので“パンデミック”と“サイコ”を組み合わせた“サイコデミック”という造語を考えて、私が携わっていることもあり“東京”を付けたほうがわかりやすいかなと。『東京サイコデミック』を提案してみたところ、オーケーをいただきました。

――インパクトがありますし、ゲーム内容と関わりが深いのもいいですよね。本作で脚本を担当することになった経緯は?

今井じつは、『九龍妖魔學園紀』(2004年発売)の後、これからもよい作品を作るためにスキルアップをしなければならないと思い、さまざまな勉強をするために脚本の仕事は基本的にお断りしていました。

 その後開発に携わった『魔都紅色幽撃隊』(2014年発売)も1話と最終話を少し書いただけで、『がるメタる!』(2018年発売)はコミック原作だったので請けた感じです。

 ただ、今回は神崎さんに「書いてくれ」と強くお願いされて……。私はこだわりが強いので、脚本を書くときは調べ物に時間がかかるんですね。引き受けたはいいものの、「時間がないからもう無理だ。誰か別の人を見つけてくれ」と無茶も言ったのですが、神崎さんは粘り強く説得してくれました。「書かない」と言っていた私に最後まで書き上げさせたのですから、神崎さんはすごいプロデューサーだと思います(笑)。

 神崎さんが私を信用してくれたので使命感が増したのに加えて、私自身がこの10年間の鍛錬でスキルアップできていたのも大きかったですね。

 それと、『東京サイコデミック』は『東京魔人學園外法帖』や『九龍妖魔學園紀』のような現代劇なので、書きやすかったのもありました。

 幕末を舞台にした『東京魔人學園外法帖』(2002年発売)のときは、調べ物にもっと時間がかかったと記憶していますが、本作で扱っている政治や超常現象、カルトなどの知識は現代を生きる我々にとっても身近ですから。本作はロックダウンが起きた後の東京を舞台にしているので、世相を捉えながら、政治や経済、犯罪がどうなっているのかを虚構と現実を織り交ぜながら、私なりに解釈してシナリオを書いていますが、現代が舞台でなければ文献を取り寄せたりする必要があったりと、もっと時間が掛かったと思います。

――システムのゲームデザインでは、防犯カメラの実写映像を分析したり、音声を解析したりとリアルな科学捜査を行うパートがユニークです。これらのアイデアはどのようにして生まれたのですか?

今井秋芳ディレクターが『東京サイコデミック』と『神箱』を語る。「ホニャララララはチョメチョメでしたよ」

今井防犯カメラの映像や音声をもとに事件を科学捜査するというアイデアは10年以上も前から構想していました。ミステリーアドベンチャーはテキストを読み進めるものか、事件現場を歩き回って実際に捜査できるものが主流だと思います。

 ですが、本作は映像や音声などから事件の証拠を集めないといけないので、これまでのゲームとは違った体験ができるようになっています。

 ちなみに、防犯カメラの映像の時間はいまでこそ5分程度に収めていますが、当初は1時間ぐらいを想定していました。

――1時間!? それは長いですね。

今井それぐらい長さがないと、“寝落ちしそうになりながらも証拠を探す捜査員の気持ち”をリアルに味わえないと考えたのですが……「長すぎです」と却下されました(苦笑)。

――(笑)。被害者や被疑者の関係性を示す“エビデンスボード”も今井さんのアイデアだと神崎さんに聞いています。

今井FBIやCSIが活躍する海外ドラマが昔から大好きで、ゲームでもホワイトボードで事件を整理したいなと考えていました。そこからエビデンスボードが生まれたのですが、現在のシステムに落とし込むまでは時間が掛かりましたね。

 実際にプレイしてもらうとどんなシステムなのか理解してもらえるのですが、頭の中にあるアイデアをスタッフに理解してもらうまではたいへんでした。

今井秋芳ディレクターが『東京サイコデミック』と『神箱』を語る。「ホニャララララはチョメチョメでしたよ」

――推理アドベンチャーは、事件のトリックを考えるのもたいへんだと思いますが……。

今井じつは今回、私にとって“初ミステリー”作品なんです。

 シナリオはもちろんトリックも私が考えていますし、物証のテキストもほとんど自分ひとりで執筆しています。そのために、さまざまな文献や資料を読み、それをシナリオとして構築していきました。ミステリーのシナリオというのは、調べて得た情報をゲームにどう落とし込むのかもポイントだと思っています。

 たとえば、最初の事件で人体自然発火現象を扱っていますが、文献を調べると原因についてはさまざまな推察がなされています。数々の可能性を考えながら本作での解釈を入れ、それをシナリオやトリックとして描いているので、伝奇的、オカルト要素もあって、私の色が出ているのかなと思います。

今井秋芳ディレクターが『東京サイコデミック』と『神箱』を語る。「ホニャララララはチョメチョメでしたよ」

――調べ物が多いと情報を整理するのもたいへんそうです。今井さんは情報を整理するとき、何かにメモを残したりしているのですか?

今井設定や簡単なプロットはまとめていますが、あまりメモを残すことはないですね。

 基本的に頭の中で整理していて、「ここでこのネタを使おう」とか、「ここでこういう伏線を入れられるな」とか、覚えたことを実際にシナリオに落とし込んでいる感じです。

 プロットで決めても、シナリオを書いているうちに「こうした方が流れとしていいな」とか、「こちらの方が展開としておもしろいな」と発想が広がることがあるので、メモしても使わないことが多くて。

 なので、シナリオ全体を多角的に頭の中で構築しながら考えています。今回、プランナーが作業出来るようにシナリオのフローチャートは作っていますが、それを使ってブレストをするというより、決まった要素をまとめている感じです。

――頭の中だけでシナリオ全体を把握されているのはすごいですね。

今井魔人』も『九龍』もそうですが、基本的に自分で設定やプロットを考えてシナリオを書いたからこそ全体を把握できていると思います。

 複数人でシナリオを分担した場合、全体を把握するのが難しくなってしまうので。そういう意味では、先ほど「誰か別の人を見つけてくれ」と無茶を言ったとお話しましたが、引き継ぐ人はたいへんだろうなとは思っていました(苦笑)。結果的には自分で書いてよかったなと思っています。

――なるほど。本作には個性的なキャラクターが数多く登場しますが、シナリオを書きやすいキャラクター、逆に書きにくいキャラクターはいましたか?

今井これは『魔人』や『九龍』のときにもインタビューで聞かれたことがありますが、登場するキャラクターに書きやすい、書きにくいというのはないです。

 最初に設定を細部まで考えてシナリオを書き始めるので、このキャラクターなら、ここでこういうことを言うだろう、ここでこういう行動をするだろうという情景が頭に浮かんで、自然にセリフが出てくる感じです。

 あとセリフに関してお話しすると、私は“ちょっとしたセリフからキャラクターのバックボーンがわかる”というのがいいシナリオだと考えていて。イベントで過去に何があったのかを描くのではなく、セリフからこういうことがあったんじゃないかとプレイヤーに想像させて、登場人物たちの人となりを伝えたいと考えています。

 たとえば、本作には本來勇次郎という新宿署のベテラン刑事が登場します。彼はバッティングセンターに関するセリフがあるのですが、それからも人となりがわかるじゃないですか。それに新宿に詳しい人なら「歌舞伎町にあるバッティングセンターに通っているのか」と想像するわけです。

 このように、シナリオにはキャラクターたちの人なりがわかるようなセリフを入れるようにしています。

――日常シーンがわかるとより愛着が湧きますし、日常シーンを取り戻したいからこそ戦っているというのがわかりやすくなりますよね。

今井そうなんですよ。とくに本作は事件のエピソードが重くなりがちなので、インターバルの日常シーンは明るい感じに描いていて、事件が起きたときと日常シーンとで明暗をしっかり分けるように意識しています。

――ほかに注目してほしいところを教えてください。

今井coco.さんが歌うエンディングテーマですね。ドラマのようにしたくて、各話にそれぞれオープニングとエンディングを入れているのですが、エンディングはラストのシナリオにかぶるような形で、『Yell(feat. sleep cat & Lil Chill)』が流れ出すようにしています。この曲が作品にとてもよく合っているんですよ。

実際にプレイしてみると、もっと渋いエンディングテーマのほうが合っているのではないかと思うかもしれませんが、『Yell(feat. sleep cat & Lil Chill)』はメロディーや歌詞の中に挫けない心、希望を感じられるのがいいですね。

 とくに最終話ではプレイヤーも同じ気持ちになってもらえると思います。

――実際にプレイするのが楽しみです。発売日が公表され開発はいよいよ大詰めかと思いますが、作品の手応えはいかがでしょう?

今井手応えは、『東京魔人學園伝奇』シリーズや『九龍妖魔學園紀』を作ったときと同じような感覚ですね。自分の好きな作品に仕上がっているので、私の作品が好きなファンの方たちにも楽しんでもらえると思いますし、本作を通して新しい体験もできますから。

―― “新しい体験”といいますと?

今井昔は映画やアニメ、小説などを見て育つことで、それらの作品に影響を受けて成長したという人が多かったと思っています。

 つまり、それが映画やアニメ、小説が文化だと言われる所以です。私は、いまやゲームも文化だと思っていて、あくまで個人的な意見なのですが、ゲームクリエイターはゲームが文化であることを理解したうえで、ユーザーに新しい知識や体験、知的好奇心をかきたてるような衝動を与えなければいけないと考えています。

 この考えは『魔人』や『九龍』という作品を作っているときから変わっていなくて、『東京サイコデミック』も、ユーザーにそういう知識や体験を与えることができる作品になってくれるのであれば、うれしいと思っています。

仮

広大な『神箱』の世界を構築し、モンスター分布はみずから担当

――『神箱』についてお聞きします。本作での今井さんの役割や担当を教えてください。

今井当初はディレクターとして携わっていましたが、途中から石井さん(アシスタントプロデューサーの石井政仁氏)がディレクターとしてがんばってくれたので、自分から名乗るのはちょっと申しわけないかな……。

 ただ、『神箱』でもゲームデザインを担当していて、すでに存在していたワールドガイドをもとにゲームにどのように落とし込むかは私が考えています。『神箱』は“ワールドクラフトRPG”と銘打っているので、プレイした人の数だけ自分の世界が作れるようなシステムにしたいなと考えました。

今井秋芳ディレクターが『東京サイコデミック』と『神箱』を語る。「ホニャララララはチョメチョメでしたよ」

――石井さんは、世界設定を細部まで考えるように今井さんに何度も言われたことが印象に残っていると教えてくれました。

今井これは石井さんだけではなく開発チーム全員に伝えていますが、架空の世界を作るということはその世界の文化や生態系、気候、気温、降雨量など、すべてを作らなければいけないと思っています。その設定が表に出る、出ないに関わらず。

 というのも、考えていた設定が後で必ず役に立つことがあるんです。たとえば、この世界には3月~4月に雨季があるとします。そこから植生や収穫できる作物が紐付いて考えられるんですよ。

――世界設定を細部まできちんと作ることで、リアリティーが生まれるのですね。

今井ワールドマップの環境によってモンスターの分布も決まってきますからね。この地方は雨が降るからカエルのモンスターを出現させようとか。こういうモンスターの分布を考える作業も世界を創るうえでとにかくたいへんで。モンスターの数が多いうえにマップも広大なので、プレイヤーが冒険する場所から黙々と埋めていきました。

 それに環境通りに分布を考えてもプレイヤーに驚きがありません。船で行ける島にはここでしか出会えないようなモンスターを配置するなど、リアリティーを考慮しながら楽しめるような仕掛けも考えています。

――一方、神崎さんはバトルのやり取りが印象に残っていると教えてくれました。主人公が仲間にマナを与えるシステムは、今井さんのアイデアから誕生したそうですね。

今井マナを与える仕組みは、私が好きなカードゲームから着想を得ています。設定にマナを使うという概念があるのであれば、 これをバトルに取り入れることでターンごとに入手したマナを誰に使ってどのように戦うかという戦略が生まれると考えました。それに仲間にマナを与える行動は、“主人公が戦わない”という設定もうまく活かせるなって。

――確かに。体験版をプレイしましたが、戦わない主人公が重要なポジションとしてバトルに参加していると感じました。

今井主人公がマナを与えるというシステムは、神崎さんたちGGAのスタッフがすぐに気に入ってくれたので、バトルに関しては初期の段階からほとんど変わってないですね。

今井秋芳ディレクターが『東京サイコデミック』と『神箱』を語る。「ホニャララララはチョメチョメでしたよ」

――『神箱』はパズルの要素も特徴的ですが、パズルに関して印象に残っていることは?

今井パズルはGGAさんから言われたんじゃなかったかな……。でも、僕は正直、パズルを入れるのは反対でした(笑)。

――え、そうなんですか?

今井クラフトがあって、バトルがあって、そこにパズル要素が入ってくると、ゲームシステムが複雑になってしまいますよね。それに、ほかのパズルゲームに似ていなく、おもしろいルールを新たに考えないといけません。

 パズルはしばらくいいアイデアが浮かばなかったので、バトルよりもたいへんでしたね。

今井秋芳ディレクターが『東京サイコデミック』と『神箱』を語る。「ホニャララララはチョメチョメでしたよ」

――『神箱』の開発で、ほかに印象に残っているエピソードはありますか?

今井要素が多くて最終的に入れないことになったのですが、じつはタワーディフェンス要素も入れようというアイデアがあったんですよ(苦笑)。

 町や村を作るとモンスターが襲撃してくるので、兵を配置したり、守りを固めたりして敵と戦う……といったものを考えていました。モンスターも移動しますし、食料があれば村や町を襲います。実装できればよりリアルな世界を作ることができたのですが、今回は見送ることになりました。

1本で終わらせるには惜しい。続編にかける意欲も満々!?

――新規IPのタイトルをほぼ同時期に2本作ることは珍しいのかなと思いますが……。

今井レアなケースですが、新しいタイトルを作りたいというGGAさんの強い情熱が実現させているんじゃないかなと思います。

 私も長年ゲーム業界に携わっていて、新しいものを立ち上げるのが簡単ではないことをよく知っていますから。それにも関わらず、新規IPを2本同時に開発するのはすごいなと感じます。スケジュール管理はたいへんでしたが(苦笑)、両方に関わることができて光栄でした。

――素朴な疑問なのですが、『東京サイコデミック』と『神箱』というふたつのタイトルを同時に開発して、設定やスケジュールなどは混乱しないのですか?

今井頭の中はどうなっているのとよく聞かれますが、混乱することはないですね。執筆業から離れてディレクター業に専念しているときに、複数のタイトル開発を回すこともあったので、自然に慣れてのかもしれません。

――なるほど。せっかくの機会なので、今後チャレンジしたいこともお聞きしたいです。

今井『東京サイコデミック』のシステムは非常に好きなので、これ1本で終わらせるのは惜しいですよね。多くの方がプレイしてくれて応援してくれたら、また新しいタイトルを作れるのかなと思います。

 続編でも日本を舞台にしてもいいですし、たとえばアメリカのロサンゼルスを舞台にした 『LAサイコデミック』のような、スピンオフ作品を作ることだってできる。日本と海外では法律などが違うので、おもしろいシナリオやトリックが考えられるんじゃないかと思います。

――新規IPだからこそ夢が広がりますね。最後にファンに向けてメッセージをお願いします。

今井『東京サイコデミック』は、久しぶりに私が監督・脚本を担当した自信作になります。また、『神箱』はプレイヤーがそれぞれ自分だけの世界を作っていける作品なので、思い思いの世界をクラフトして、末永く冒険してもらえるとうれしいです。どちらもぜひ遊んでみてください。

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